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[2007.10.05]
■鮭の定置網漁に感動する農家のTさん
毎年、この時期になると北海道では鮭の遡上が始まる。 
噴火湾でもあちこちの川に鮭が上がって来るのが見られるようになる。 
そうなると、いよいよ定置網漁の始まりである。 
私が東京に戻る前のビッグイベントは鮭の定置網漁に連れて行ってもらうことである。 
 
有珠漁港のYさんは気のいい男で、魚に関してならなんでも話に乗ってくれる。サンマの時もお世話になった。東京に魚介類を送る時にもお世話になっている。 
いつもお世話になるばかりで気が引ける。 
 



例年は9月20日頃に定置網漁に行っている。ところが年々遡上が遅くなり、今年は10月1日に行くことになった。私はいつも伊達の友人を伴って行く。 
 
伊達市でも定置網漁に行ったことのある人は殆どいない。漁場は男の仕事場であるから、見世物ではない。そこをなんとかお願いして連れて行ってもらっているのである。 
今回はイコロ農園のTさんを同行した。Tさんは俄か農家なので海には縁が無く、そのせいか彼は泳げない。 
 
ライフジャケットを身に付けたTさんが午前5時30分に漁港に現れた。しばらくしてから漁師4人、漁港のYさん、そして我々2人を乗せた漁船は港から2キロほどの沖に仕掛けた定置網に向かう。 
 
漁場に着いた漁師達はいつものように手際よく作業を始める。誰も話はしない。 
黙々と決められた作業をこなして行く。引き寄せられた網から水しぶきを上げて鮭が踊る。 
それを大きなタモで掬いクレーンで船倉に落とす。これを繰り返す。1か所の網が終ると、もう1か所の網を上げる。 
 
最初の網には沢山入っていたが、2番目の網には少ない。でも、漁師はただ黙々と作業をするだけだ。男の職場である。 
鮭の跳ねる姿、黙々と働く男の姿、そして大きな海原に感動のTさんであった。 
私も毎年来ても感動する。この感動が欲しくて毎年船に乗せてもらっているのだ。 
 
今回の漁では500~600匹の鮭が捕れた。 
例年の半分くらいである。Yさんは『でも、この先にも必ず鮭は戻って来る』と言う。 
有珠漁港からの100万匹の放流で3%の3万匹が戻って来ると言う。他の97万匹はどこへ行ってしまうのか? 
 
 
(おまけの話) 
定置網には鮭の他にも色々な魚が入る。その中にマンボウやブリやカレイがいた。 
いつも帰りに鮭をもらうが、今回はブリをもらった。Tさんと相談し、『文七で今晩、イコロ米でブリの握りをして食べよう』ということが決まった。そこに呼ぶメンバーは米の収穫を手伝ってくれた人に限定した。 
 
文七ではブリの刺身、薄造り、ブリ大根、そして握りが出た。 
私の女房もコテージでブリ大根を作って持って行った。どちらが美味しかったかは言えない。 
ブリの握りはイコロ米を使っているので愛着があり、いつもの寿司より美味しい。 
 
隣りの座敷ではRさん達が会合を開いているようで、大きな声で『橋本さんは日高CCのメンバーですよねー?』と聞いてきた。偶然にも埼玉県の日高CCの話が出ていたようだ。 
ブリとイコロ米を堪能し店を出た。そこでTさんが『デザートに持って来た赤福を食べるのを忘れた』と言い出した。 
 
仕方ないので、もう一度店に戻り全員がカウンターに座る。 
カウンターで8人の男女が赤福を食べているところを見られたら、お客は帰ってしまうだろうなー。我々は我儘をやり過ぎているようだ。反省しよう。文ちゃん、ごめん! 
 
  
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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