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[2007.12.14]
■年をとる難しさを知る
毎年の誕生日を迎えると自動的に1歳だけ年をとる。 
これを繰り返して行くと、段々と老人となって行き、いずれはお迎えが来る。 
だから『年をとる難しさ』なんて、若い人には理解出来ないと思う。ところが、自分が還暦を過ぎると、年をとる難しさを知るようになる。 
 
ただ年をとればいいのなら簡単だが、年相応に年をとるということが難しいのである。 
 



若い頃は年長に見られたかった。年長になって来たら、『お若いですね~』なんて言われて喜んでいた。でも、65歳を過ぎると、『お若いですね~』という褒め言葉はあまり嬉しくない。そもそも褒められるなんていうのが、喜びではなくなる。 
私の希望は『上手に年をとりたい』のである。 
 
上手に年を取るのは難しい。先ず、色々な欲を捨てなければいけない。一番捨てなければいけない欲は金銭に対しての欲である。 
これをいつまでも手放さないと、見苦しいし、新聞沙汰にもなることが多い。 
 
最近の連続している食品会社の不正は、全ていい年をした社長の欲望から来ているから悲しい。金銭欲を捨てると、他には大した欲は無い。他の欲は自然になくなる。 
 
なにより大事なのは健康である。 
若い頃の付けが回って、いま体の具合の悪い友人達が多い。食事の後には一斉に薬を出して飲んでいる。 
私は幸いに薬のお世話になっていない。 
今の心配は『健康過ぎて長生きをし過ぎ、周りに友人が全く居なくなる』ことである。 
 
人は長生きすればいいというものでもなく、適当な時にサヨナラするのが良いと思う。 
お金を稼がなくなると女房との関係も難しくなる。稼いでいる時は許されたことが許されなくなるということが起きる。 
 
最近は年をとる難しさをシミジミ感じている。でも、我が家の猫はそんな難しいことは考えずに毎日を過ごしている。 
私は猫になりたい。 
 
 
(おまけの話) 
私のオヤジは56歳で亡くなった。若過ぎると多くの人達に惜しまれた。 
戦前の話だが、私のオヤジは20代の頃、日本からブラジルへの移民が流行っていた時代に、親からもらった大金を持ってブラジルに渡り、自由奔放な青春時代を送ったようだ。 
 
オヤジが生きている間にもっとその時の話を聞いておけば良かったと思う。 
オフクロは86歳まで生きた。オフクロの中ではオヤジはいつでも56歳から年をとらない。 
自分が年をとっても亭主がいつまでも若いというのもいいようだった。私はオヤジが早く亡くなったお陰で、友人達より自立する機会が早く来た。 
 
これも後で考えると良かったことだった。もう既にオヤジが亡くなった年を過ぎてしまった。 
これからはどう生きて行けば良いのか?身近に手本が無いので困る。せめて、健康に気を付けて、年寄り臭くならないように気を付けよう。 
 
その為には読む人が居なくても、このブログを続けるのも良いのかもしれない。 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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